Reviews

ホーム コンサート情報 C D 録音 プロフィール 音楽会批評

コンサート・レビュー (詳細)

(リサイタルの年度と回数)
(その他のコンサートも出ています)
 
2016(平28) 第20回  2015(平27) 第19回  2014(平26) 第18回  2013(平25) 第17回
2012(平24) 第16回  2011(平23) 第15回  2010(平22) 第14回  2009(平21) 第13回
2008(平20) 第12回  2007(平19) 第11回  2006(平18) 第10回  2005(平17) 第 9回
2004(平16) 第 8回  2003(平15) 第 7回  2002(平14) 第 6回  2001(平13) 第 5回
2000(平12) 第 4回  1999(平11) 第 3回  1998(平10) 第 2回  1997(平 9) 第 1回

コンサート・レビューの要約のページに戻る


2016年9月14日 第9回ワールドピース・クラシックコンサート〜華麗なる協奏曲の祭典
...(略)...トリは最早日本を代表する実力派と目される相曽賢一朗のラロ/スペイン交響曲。切っ先鋭い情熱的なヴァイオリンと幅広い表現力で難曲を存分に抉り(エグリ)抜いた。(9月14日、東京文化会館大ホール、音楽現代2017年1月号、p.143、浅岡弘和氏)
音楽の友2016年11月号 (174頁) 《インタビュー》 変幻自在のヴァイオリニスト新天地でも活躍
■公演情報
 <日時・会場>11月17日13時30分・宗次ホール(名古屋)、21日19時・アクトシティ浜松音楽工房ホール、22日19時・所沢ミューズ・キューブホール、24日19時・東京文化会館
 <曲目>J,S.バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」、「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」、「無伴奏チェロ組曲第5番」、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番」
 <問合せ>J&Cミュージック04・2994・1052(相曽)

取材・文=渡辺和彦氏 写真=竹原伸治氏
 11月に全国4か所(17日名古屋・宗次ホール、21日アクトシティ浜松音楽工房ホール、22日所沢ミューズ・キューブホール、24日東京文化会館小ホール)でJ・S・バッハ「無伴奏」を中心としたリサイタルを行う。1969年東京生まれ。海野義雄、澤和樹ほかに師事し、国際コンクールでの上位入賞多数。英国王立音楽アカデミーへ留学。以来、”イギリスを中心に国際的に活動するヴァイオリニスト”のイメージが定着していた。ところが「2015年9月からロサンゼルスに移住して、ローヨラ・マリーモント大学と、ラ・シエラ大学でヴァイオリンと室内楽を教えています」と意外な返事が。ジョン・エリオット・ガーディナー指揮のエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団や、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティックで演奏する傍ら、イギリス室内管弦楽団そのほかとも演奏し、”ピリオド/現代”の様式を行き来する、英国スタイルの自在な音楽家とばかり思っていた。「でも現代は飛行機で往復できますから、もちろんイギリスでも演奏していますよ。ロサンゼルス室内管とも演奏していますしね。僕は大きなオーケストラより、むしろ小さめのアンサンブルで弾くのが好きです」。
 現代の標準演奏ピッチと古楽演奏ピッチとの切り替えは、「それほど困難でありません」とのこと。「以前は”絶対音感”という考え方もありましたが、それにとらわれていると、かえって不自由しますね」。11月のリサイタルでは、愛用の銘器J・B・ガダニーニ1743(ピアツェンツァ」を使う予定。「ピッチや使用する弦、それに弓はまだ決めていません」。
 インタヴュー当日に持っていたのは、現代スペイン・バルセロナの名匠バグウェイが作った2007年生の新作楽器。ルジェーロ・リッチやレオニダス・カヴァコスも愛用していたと言う。しかも「本物そっくりに」オールド楽器風のニス、キズまで作ってあり、素人目には全く区別がつかない。9月14日に東京文化会館大ホールで行われたコンサートに出演し、「中学生の時以来」というラロ《スペイン交響曲》の全曲(全5楽章完全形)をこの新作楽器で演奏。パリッとした大きな音の妖艶なラロで、これもまた魅力的だった。
音楽現代2016年11月号 (43頁) 《プレビュー・インタビュー》 第20回リサイタル
チェロ組曲もヴィオラで演奏 昨年に続いてのバッハ/無伴奏 訊き手=横谷喜一氏
 長くイギリスを本拠に世界各国で活躍し、昨年からロサンゼルスに居を移して活躍を続ける名ヴァイオリニストの相曽賢一朗が、20回目のリサイタルを行う。昨年に引き続いてJ・S・バッハの無伴奏ソナタとパルティータを演奏する。
---20回目のリサイタルになりますが、これまでも毎回個性的なプログラムでなさっていらしたのですか?
相曽 始めたのは20代の終わりでしたから、当時はスタンダードなプログラムでやっていたと思いますが、次第にあまり取り上げられないような曲、特にエネスコなどはすごく好きでしたのでそういったものだとか、ヤナーチェックのような東欧系の曲とかを取り上げてきました。去年と今年は無伴奏で、去年はバッハを3曲弾きましたので、今年は残りの3曲を弾くことで、20回の節目に2年通してバッハを全曲演奏することになります。
 昔からヴィオラを弾いていましたが、最近になってやっと公に弾く心の勇気が出ました。
---今まではリサイタルでヴィオラを弾いてことはなかったのですか?
相曽 3年前から弾き出しました。中学生の頃からヴィオラは持ち替えでちょこちょこ弾いていましたし、クァルテットでヴィオラを弾いたりしたこともありましたが、リサイタルで弾こうとは思いませんでした。4年くらい前にいい楽器に巡り会い、年齢的にも違ったレパートリーや内声部を弾くということに非常に興味が出てきたのです。オーケストラでもクァルテットでも、ずっと第一ヴァイオリンを弾くことが多かったのですが、第二ヴァイオリンやヴィオラなどの内声から見る音楽に興味が出てきたということもあると思います。一昨年はブラームスの第1番ヘ短調のソナタを弾きました。去年は弾きませんでした。
---今回はバッハのチェロ組曲をヴィオラで弾こうというのは?
相曽 バッハはやはり私が心の深いところで一番大切な作曲家ですから、ヴァイオリンのレパートリーから出て、ヴィオラでも弾けるものがあるのだったら弾きたいと思い、ヴィオラと音域が1オクターヴ違うチェロ組曲に挑戦します。これがその1曲目です。毎回1曲は新しい曲をレパートリーとしてプログラムの中に入れて取り組んでいますので、今回はこれを入れました。
 バッハは特別な音楽ですね。宇宙的な波長に調和していると思います。構築感とか構成のバランスとか、理論的な話ではなく、直観に頼る部分も大きいですが、弾いているだけでも心や体が清まるような感じで、健康にいいんです。そう仰る方は何人もいらっしゃいます。勿論音程が良くないといけませんが(笑)。毎日弾いても飽きませんし、一生弾いて、どんどん深くなっていける音楽だと思います。多声音楽をメロディー楽器から紡ぎ出そうとする意欲とその結果において、やはり弾くたびに感動せざるを得ませんね。
---ありがとうございました。

♪曲目:J・S・バッハ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調BWV1003、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006、無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011(ヴィオラ)、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調BWV1005
東京=11/24・19時、東京文化会館小ホール、名古屋=11/17・13時30分、宗次ホール、浜松=11/21・19時、アクトシティ浜松音楽工房ホール、所沢11/22・19時、所沢ミューズ、キューブホール
♪ミリオンコンサート協会(Tel 03-3501-5638)

 
2015年11月13日 第19回無伴奏リサイタル 東京文化会館小ホール
無伴奏リサイタル
 英国在住の実力派ヴァイオリニスト相曽賢一朗による年一回の恒例帰国リサイタル。大台目前、第19回目の今回はバッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全曲演奏の第1弾、前半はまずBWVの順番通り、ソナタ第1番ト短調とパルティータロ短調が演奏されたが、相曽の弾くバッハは技巧的にも間然するとことなく、真摯で求心的だ。ひたすらストイックに自分を抑え淡々と弾いてゆくだけだが、聴いた後には何とも言えぬ深い感動が残る。
 後半はまずジョルジュ・エネスコの珍しい無伴奏作品、ルーマニアの民俗様式によるメロディーが採り上げられたが一転、妖艶な魅惑を場内に漂わせた。最後はパルティータ第2番ニ短調で、これまた孤高の人バッハのイメージに相応しい至高の名演となり、ことにシャコンヌは相曽のバッハの集大成のような豊かな表現力と洒落たセンスの賜物。アンコールにはパルティータ第3番第1楽章が先行演奏された。(音楽現代 2016年1月号 155頁 浅岡弘和氏)


2014年9月28日 第18回Vn & Vaリサイタル 津田ホール
ブラームス:ヴィオラ・ソナタ
昨年同様、ヴァイオリンとヴィオラの両方を弾くという意欲的なリサイタルである。前半はブラームスを2曲。「スケルツォ」(ヴァイオリン)とヴィオラ・ソナタ「第1番」。引き締まった清潔な音といたずらに感情に流されない品位の高い音楽が心地よい。「ヴィオラ・ソナタ」はともすればお涙頂戴になりがちな曲だけに、知と情のバランスが取れた相曽の演奏には心からの賛辞を贈りたい。留学時からの良き理解者、ピアノのモルゴフスカヤが相曽の音楽を理解し、同じ方向を目指していたことも大きい。後半は「タイース」「ユモレスク」に始まり、「詩曲」を挟みボリビアとモルドバの小品を各2曲、さらにスークの「愛の歌」とグラズノフ「あられ」(時間の都合で「序奏とタランテラ」より変更)を挟んで最後はバッハの「アリア」という、盛り沢山のプログラム。とりわけ「詩曲」の高雅な情緒の描出と「アリア」の音の純度の高さには、相曽の美点が見事に凝縮されていた。(音楽現代 2014年12月号 148頁 佐藤康則氏)
2014年9月28日 第18回Vn & Vaリサイタル 津田ホール
 東京藝大を経て英国王立音楽院を卒業し、ロンドンを拠点の活躍する相曽賢一朗が、ヴァイオリンとヴィオラの両方を用いて第18回リサイタルを開いた。ブラームス「スケルツォ」「ヴィオラ・ソナタ第1番」に聴く演奏は、てらいのない自然体。悠然と弾き進められたなかに、落ち着いた情趣が漂う。ヴァレリア・モルゴフスカヤの、勘のよいピアノも、相曽の音楽性を引き立てる。後半には、マスネ《タイスの瞑想曲》をはじめ、ドヴォルジャーク、スーク、グラズノフ、J.S.バッハなど10曲。心のこもった、温かみのある節回し、曲によっては爽やかな語り口も、印象に残る。メリハリのある表現が注目されたショーソン《詩曲》を除けば小品で、うち3曲には、東日本大震災地の流木で作られたヴァイオリンが用いられた。なお、ボリビア、グルジア、モルドバで生まれた、民族色豊かな小品4曲は、それぞれの特色を鮮やかにとらえた演奏だった。(音楽の友 2014年11月号 153頁 原 明美氏)
2014年7月18日 NIPPON SYMPHINY CONCERT Vol.22 東京芸術劇場
……(相曽賢一朗の部分のみを抽出)…… 相曽賢一朗のソロによるベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲も日本ヴァイオリン界切っての実力者だけに一点の曇りもない澄み切った境地の名演。正に和製ミルシテインだ。第1楽章のカデンツァは型通りクライスラー、新田(指揮)の伴奏も恰幅良くスケール極大。……(音楽現代 2014年9月号 139頁 浅岡弘和氏)
 


2013年12月1日 第17回リサイタル 津田ホール
 いつも趣向に富んだコンサートを開く相曽賢一朗だが、今日の1曲目はヴィオラで弾いたシューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」。この曲をヴィオラで弾くのは難しいのだが、さりげなくシューベルトのロマンを歌い上げていく相曽の音楽家としての力量に感服。2曲目はシューマンらしくファンタジーに満ちた「3つのロマンス」。ここでも相曽はいたずらに大げさな表情付けをすることなく、シューマンの抒情世界を爽やかに描いて見せた。ベートーヴェンの「3番」もやはり自身の感情を押し付けることなく、知性的な表現の中に楽曲への深い理解を感じさせる趣味の良い演奏。ここで伴奏者のビートソンのソロでリストの「献呈」が入るという洒落たサプライズを挟み、最後は清潔な音と正確なテクニックで弾かれた、いかにも相曽らしい「ハバネラ」「プライェーラ」「サパテアード」の小品3曲。一服の清涼剤のような清々しさを感じさせてくれたコンサートであった。(音楽現代 2014年3月号 142頁 佐藤康則氏)
2013年12月1日 第17回リサイタル 津田ホール
  ペン書きの、楷書の音楽である。よけいな粉飾や演出のいっさいない、清々しい演奏。いかにも英国で学んだ人らしい品格がこの人の持ち味だ。東京芸大からロンドンへ留学、当地を拠点にソロ、室内楽、オケとの共演など幅広く活動、今年は英国で「音楽=瞑想=ヒーリング」のテーマで「サウンドネス・フェスティバル2013」を主宰、音楽療法的な視点からのアプローチにも取り組んでいる。
  1曲目、シューベルトにその美質が横溢する。もともとアルペジョーネというチェロとギターを合体したような当時の楽器のために書かれた作品で、通常はチェロで演奏されることが多いが、当夜はヴィオラで。ヴィオラらしい穏やかさ、深さ、艶やかさをもった音色(ねいろ)で太字のペン先が旋律を追う。フレーズの細部まで目配りの行き届いた「きちんと感」と、たっぷりした歌。アダージョ楽章のピアニシモは細字のラインで、しなやかな弧を描く。つつましやかな表情がとりわけ印象的だ。アレグロの終楽章は軽快にピアノと弾んだ。
  本来のヴァイオリンに持ち替えての『ロマンス』は、内声の動きをていねいにあぶりだしつつ、くっきりと旋律を浮き立たせ、シューマン特有の内省的なロマンを立ちのぼらせる。シューベルトとシューマンの歌い方の相違がはっきり判る知性に富んだ演奏である。
  ベートーヴェンは、それまでのヴァイオリンの伴奏付きピアノ・ソナタという形式からヴァイオリンも対等に活躍するヴァイオリン・ソナタへの移行期の作品で、両者のバランスのとれた絡み合いが楽しめる。ピアノがそのあたりをよく心得て、出るところは出、引っ込むところは引っ込んでヴァイオリンを盛り立てる。活発で力強い第1楽章、銀の糸で縫い取るようなヴァイオリンの弱奏が美しい第2楽章、快活なロンドと、ここでも折り目正しい筆致が端正なベートーヴェンを描き出した。
  ただ、そうした美点に、今ひとつ迫力を望みたいと思われたのがサン=サーンスやサラサーテ作品。ここでは多少、乱暴になってもかまわないような筆の勢いが欲しいところ。最後の『サパテアード』でスリリングなテクニシャンぶりを発揮しただけに、よけい、そんな欲求に駆られてしまった。誇張を避ける彼の美学は理解できるのだけれども。(Concert Report #621 JAZZTOKYO No.194 丘山万里子氏)
2013年 第17回リサイタル 予告
  相曽賢一朗が、今年11月、全国6か所でリサイタルを開催する。
  1990年代よりロンドンを拠点に活動を続ける相曽だが、今年もラトル指揮エイジ・オブ・エンライトメント管や、ジョナサン・コーエン指揮のバロック・アンサンブル[アルカンジェロ」(ソリスト、アンナ・プロハスカS)とのヨーロッパ・ツアーに参加した他、ロサンゼルスでリサイタルを、ロンドンではヴァイオリンとヴィオラを演奏しギターとデュオ・コンサートを催すなど、相変わらずの精力ぶりだ。しかも演奏活動に加えて4月下旬には、「音楽、振動、瞑想」をテーマとする「サウンドネス・フェスティヴァル」をプロデュースし、「ヴァイオリン、コントラバス、歌(マントラ)による即興演奏や、グルジアから伝統音楽の歌手を招いてグルジアの歌のワークショップやコンサートを行った」という。
 そんな躍進中の相曽が行う日本公演の共演者は2年ぶりに今回もスコットランドの若手ピアニスト、アリスター・ビートソン。前回にまして2人の息の合ったアンサンブルが期待される。相曽は「ここ毎年、ベートーヴェンのソナタを1曲」とりあがえてきているそうで、リサイタルで何番を取り上げるのか、興味をそそる。この他「ヴィオラでシューベルト《アルペジョーネ・ソナタ》や、ベートーヴェンとシューベルトの「ロマンス」など」も検討しているという。「外国で活動する日本人として、フレッシュな視点を持つ演奏ができれば」と語る相曽の音楽ヴィジョンを、しっかりと聴き込んでみたい。(音楽の友 2013年6月号 130頁 UNA VOCE 今月のアーティスト・インフォメーション

2012年11月29日 第16回リサイタル 津田ホール
英国在住の実力派ヴァイオリニスト相曽賢一朗の年一回の恒例帰国リサイタルも第16回を迎えた。今回はイギリスの若手サム・ヘイウッドのピアノにより二つのヴァイオリン・ソナタでサン=サーンスの小品をサンドイッチするというユニークなプログラムが組まれ、前半はまずベートーヴェンの第7番ハ短調。相変わらず相曽のヴァイオリンは瑞々しい美音が最高だったが、ベートーヴェンのハ短調に相応しい構築性、貫録も充分で、非の打ち所がない。ヘイウッドは何と譜めくり用無線ペダルとiPadを使用。そのせいか自在感が増したようにも感じられ相曽との息もピタリで、両者相譲らぬ白熱の名演となった。次はサン=サーンス(イザイ編曲)ワルツ・カプリースで、休憩を挟んで、後半はまず「白鳥」、さらに相曽のトークがあり、最終はR.シュトラウスの変ホ長調だったが、これまたピアニスト共々、豊かな表現力と洒落たセンスの光った名演。(音楽現代 2013年3月号 119頁 浅岡弘和氏)
2011年12月1日 第15回リサイタル 東京文化会館小ホール>
Photo by E. Miyoshi (c)
Mostly Classic 2012/2 Vol.77
  コンサート前半は、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第6番、そしてシューマンの第2番、そして後半は、 クライスラーやサラサーテの小品ーーいわゆるショウピースを並べた構成である。
 とにかく高度な技術に支えられつつ、それをひけらかすことなく音楽の本質を見つめる演奏だった。正確な ピッチ、コントロールしつくされた弓使い、勢いに駆られて音が荒くなったり、上ずったりということはない。 早いパッセージも勢いで弾き飛ばすことは皆無で、一つひとつの音が着実に紡がれていく。そうして整えら れたものの内側から、時々ほろりとこぼれるような、あるいはゆらりと立ち昇るような香気。これをどう表現 したらよいだろう…。とても“大人”な音楽。格調高い、品格のある音楽。まるで、戦前の巨匠の演奏を聴いているような。
  リサイタルの数日後、カフェで待ち合わせて、彼に話を聞いた。対面して話した彼も、その演奏と同じように、 柔らかな物腰ながらしっかりした言葉で話す紳士だった。“戦前の巨匠のような”という言葉は、謙虚に受け 止めつつも、少し嬉しかったようだ。
  「昔はクライスラーやハイフェッツの録音をよく聴いていましたし、そういう演奏を目指していましたから。 アメリカ留学の後でイギリスに向かったのも、本物のヨーロピアンな音楽をしたかったからですし」
  彼のいるロンドンは、非常なシビアな耳を持つ聴衆が多い場所と聞く。ここで認められれば、音楽家として 生きていくことができる、とも。彼はその地で立ち位置を確実にしている。義理の兄弟であるチェリスト、 スティーヴン・イッサ―リスとの共演や、エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団やオーケストレル・レヴォリュー ショネ・エ・ロマンティークへの参加など、トップクラスの演奏家たちとの共演も多い。
  「日本にいたのでは得ることができない音楽体験ができました。それが私の演奏に反映されているのだろう とは思います」
  ところで彼は、“戦前の巨匠”の演奏の、どこに惹かれるのか。
  「本当の意味で、全身全霊で弾くんです。するとその人の奥底の、自分でもわからない無意識の世界と つながります。個性とかいうものではなくて、もっと宇宙的なものです。それがうまくつながった時に、 宇宙のエネルギーがその人を媒体として発散されていると思います。媒体の質によって、エネルギーの発散 され方は違います。それが演奏の違いとなるんです。私自身、そういう感覚で演奏しています」  (モーストリー・クラシック 2012年2月号 129−131頁 山口克志氏)
2011年12月1日 第15回リサイタル 東京文化会館小ホール
東京藝大在学中に渡英して20余年。演奏家としてはもとより、母校の英国王立音楽院、内外マスタークラスでの指導でも高く評価されている相曽。風格と基本と、遊び心に大人の余裕を感じさせる一夜。ベートーヴェン「ソナタ第6番」の第1楽章に、洋酒のCM「何も足さない、何も引かない」というフレーズを思い出した。シンプルに奏し、それでいて立体感と温もりを感じる。続く2つの楽章で、相曽は知的な緩急を付ける。しかしピアノのアリスター・ビートソンが乾いた音に加えて極少ペダルゆえ、相曽の息吹を妨げる。シューマン「ソナタ第2番」では、ピアノの曖昧なハーフペダルと過度な強弱で、相曽ならではのロマンティシズムが寸断。嗚呼! 後半、クライスラー、ラヴェル作品に続いてサラサーテ「アンダルシアのロマンス」。濃厚な楽想の中の哀愁美。楽曲のキャラクターに頼らず、理性的な譜読みのため、《ツィゴイネルワイゼン》では各モティーフが明確で、作品の核心が伝わる名演。(音楽の友 2012年2月号 151頁 上田弘子氏)
2011年12月1日 第15回リサイタル 東京文化会館小ホール
相曽賢一朗恒例の年一回の帰国リサイタル。第15回を迎える今回はイギリスの若手ピアニスト、アリスター・ビートソンとのコンビにより、前半はヴァイオリン・ソナタが2曲。まずはベートーヴェンの第6番イ長調。最近の相曽の進歩は本当に凄い。相変わらずフレッシュで瑞々しい美音は最高だが、余り演奏されていない地味な演目にも関わらずピアニスト共々これほど聴衆を酔わせるとはただ事ではない。極めて上質なエンターテインメントに仕上がっていた。次はシューマンの第2番ニ短調が弾かれたが、とかく晦渋とされがちなシューマンの後期作品が豊かな内容を持った魅力作として奏でられていた。  後半は相曽の解説入りの小品集。クライスラー「ラ・ジターナ」ラヴェル[亡き王女のためのパヴァ―ヌ]サラサーテ「アンダルシアのロマンス」同「チゴイネルワイゼン」の4曲が弾かれたがどれもセンス満点の美演で、アンコールは再びシューマン「トロイメライ」。 (音楽現代 2012年3月号 131頁 浅岡弘和氏)
2010年11月11日 第14回リサイタル 東京文化会館小ホール
...第14回リサイタルでは、イギリスのピアニストで今回が初来日のサム・ヘイウッドの共演を得て、ショスタコーヴィッチ(ツィガーノフ編)「4つのプレリュード」op.34より、ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第10番」、貴志康一《月》《龍》、シューマン「ソナタ第1番」が演奏された。相曽は、洗練された演奏スタイルを示しながら、ショスタコーヴィッチ作品をシャープにまとめ、ベートーヴェンでは上品な味わいを印象づける。ヘイウッドのピアノのデリケートな美しさも光る。貴志の小品2曲は、聴かせどころを押さえた、爽やかな演奏だ。シューマンはしなやかで流麗、そしてじっくりと掘り下げた跡がうかがえ、内面が充実している。さらに全体を通して、2人の音楽的な指向性が一致していると感じられた。(音楽の友 2011年1月号 200頁 原 明美氏)
2010年11月11日 第14回リサイタル 東京文化会館小ホール
相曽はイギリス在住ででロンドンを拠点に精力的に活動中。ピアノ伴奏はサム・ヘイウッド。まず冒頭はツィガーノフ編のショスタコーヴィッチ「4つのプレリュード」。美しいが、線の細いショスタコだと感じる。こういうのが相曽の持ち味か。続くベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番でも、抑楊は控えめで押し出しも強くない。が、この、ベートーヴェンのソナタの中で最も内省的な充実度を持ったこの曲を選んだのは、相性としてとてもよかった、といえるのだろう。この曲の静かに引きこまれるような魅力をよく出している演奏であった。第四楽章などはかなり生き生きとしてきたが、これはピアノの絶妙な効果的な絡み方も一役買っていたに違いない。後半はまず、貴志康一の「月」[龍」。特に「月」は泣かせる! 我々の血にジーンと訴えかけてくる名曲。最後のシューマンのヴァイオリン・ソナタ「1番」は秘めた情熱がうかがえる演奏であった。(音楽現代 2011年1月 173頁 倉林 靖氏)
2009年11月19日 第13回リサイタル 東京文化会館小ホール
 相曽賢一朗リサイタル第13回の今回、東京藝高・藝大時代からの学友(楽友)であるピアノの永野英樹と共に。相曽はイギリス、永野はフランスと、ともに長らく在住し今や国際的にも大活躍。気心知れたフランクな雰囲気と、共に培ってきたそれぞれの語法が丁々発止で、瞬き、呼吸すら惜しい瞬間の数々は最初のメンデルスゾーン「ソナタ」ヘ長調から。メニューインの尽力でやっと世に出てからも演奏機会が少ないとは不思議でならない名曲。優しく爽やかな旋律と、ドイツ・ロマン派らしい骨格の伴奏を、名手は縦糸・横糸を知的で洒落た良い塩梅で編むように奏す。エネスコ、《少年時代の印象》では風景や心理描写を巧みに表現。相曽は過感情に押しつけがましく作らないため、各描写はより胸に迫る。その自然体でシンプルな在りようは、つまり理性的で成熟を意味し、それが難曲シューベルト「幻想曲」で活きる。水面(みなも)を霧が抜けるようなアンダンテ・モルトからの構成の巧みさ。超絶技巧も嫌味なく、永野とのアンサンブルも奥行きがあり愉しい。是非、名コンビ再び!(音楽の友 2010年1月号 p.171 上田弘子氏)
2009年11月19日 第13回リサイタル 東京文化会館小ホール
 相曽賢一朗、恒例の秋の帰国リサイタル。毎年着実な成長を続ける相曽だが今年は5年ぶりの共演となる永野英樹のピアノによりまず前半は珍しい作品が2曲。最初にメンデルスゾーンの知られざる作であるソナタヘ長調(1838)が採りあげられた。この作は普段の年は滅多に耳にする機会はないものの若者らしい生き生きとした活気に満ちた傑作で、相曽の演奏で聴くと充分聴き応えのある名曲であることがわかる。適宜、解説を交えながら、次はちょうど100年後にかかれたエネスコ『少年時代の印象』で、単一楽章ながら「ヴァイオリン弾き」「乞食」などの10の『印象』からなる描写的な作を表情たっぷりに再現していた。
 後半はシューベルト/幻想曲ハ長調。冒頭の彼岸の世界からの音楽を想わせるピアノの響きに、相曽のスッキリした怜悧な音色がその所を得、実に幅広い表情で多彩に歌い抜き最後の歓喜の爆発まで、この難曲に理想に近い名演を展開。(音楽現代 2010年1月号 p.167 浅岡弘和氏)  
2008年10月3日 第12回リサイタル 東京文化会館小ホール
 相曽は永年イギリスを本拠に各国で活躍中だが、秋には毎年帰国してリサイタルを開く。その恒例の会は共演にゲストを招いたり、無伴奏だったり、いつも趣向が凝らされていて楽しい。今回もベートーヴェンの《スプリング・ソナタ》をはじめ、多くの国々の作品が演奏された(ピアノ=江口玲)。そのすべては紹介できないが、中でも珍しいのはブラジルのグアルニエリの「ヴァイオリン・ソナタ第4番」だろう。彼には《ブラジル舞曲》などの作品もあるが、その生彩あるリズム、南国的な情緒には独特の創意が感じられる。メロディックな親しみもあり、演奏も素晴らしかった。またシェーンベルクの「ファンタジー」op47の幻影もよかったが、東京公演では柿沼唯の初演《深き森より》が注目作。彼はすでに国内外で多くの賞を受けているが、この演奏は尺八(中村明一)、ヴァイオリン、チェロ(安田謙一郎)。この三重奏の音色の組み合わせからは、えも言われぬ繊細な感触がかもし出され、激しい部分では厳しい禅寺の修行を思わせ、静寂な部分では深い祈りや精神世界を連想させた。演奏技術的にもかなりの難曲であり、大変独創性に富んだ新作として、今後も注目されるかもしれない。(音楽の友 2008年12月号 p.157 結城 亨氏)
2008年10月3日 第12回リサイタル 東京文化会館小ホール
 相曽賢一朗の毎年恒例の秋の帰国リサイタル。今年は江口玲のピアノでまずはベートーヴェン/ソナタ第5番へ長調「春」。名手二人の奏でる愉悦に満ちた音楽が実にすっきりと洗練されていた。次はブラジルの作曲家グアルニエリの7曲あるヴァイオリン・ソナタから第4番が演奏されたが、ラテンの溌剌とした音楽でフィナーレはどこかピアソラ風だった。
 後半はまず尺八の中村明一、チェロの安田謙一郎の賛助出演により、柿沼唯「深き森より」が作曲者臨席の下に初演された。循環呼吸奏法を駆使する中村の超絶技法を軸に水の戯れのようなきわめて密度の高い音楽が展開。日本風でもありどこかフランス音楽のようにも聞こえた。再び江口のピアノにより、シェーンベルク「ファンタジー」はテンションの高い名演。次は一転クライスラーで「愛の喜び」「愛の悲しみ」を持ち前の伸びやかさで歌い抜き、最後はヴィェニアフスキー「華麗なるポロネーズ」第2番イ長調。(音楽現代 2009年1月号 p.161 浅岡弘和氏)
2007年10月11日 第11回リサイタル 東京文化会館小ホール
 イギリス在住で各国で活躍する相曽は、秋に毎年帰国してリサイタルを開くが、今年の曲目は無伴奏曲が中心である。
 最初のエネスコの「前奏曲」は<オーケストラ組曲第1番>の1曲で、ほとんど単旋律のみの曲。10分弱でそれを一人で弾くのは、シンプルなだけにかえって大変かなどと思ったが、それは杞憂。相曽はその中から自然のざわめきや民謡のひと節など、多様なニュアンスを引き出し、ファンタジーをふくらましてくれた。
 ppで始まったバッハの「ソナタ第3番」は洗練された音が美しく、それが増殖するごとに緊張感が強まる。その中からフーガが生まれ幻想が高まるが、圧巻は転回主題以降で、その厳しい展開には凄味さえ感じられた。それを鎮めるアンダンテ、擬似フーガを一気呵成に走り去った終曲の爽快感も印象的だった。
 この曲の刺激も受けて書かれたバルトークの「無伴奏ソナタ」も、初めの大掛かりな変奏から、すでに大変な音楽。第2楽章の迷路のような4声フーガがさらに難物だが、相曽はそれたの嵐を少しの崩れも見せずに弾き切ったのはさすがだった。こうしてこの2曲を一度に聴くと両者の作曲の意図も分かって面白い。なおその間にモーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲」K423(ヴィオラ=松実健太)が奏され、緊張感の強い2曲の間をなごませていたのはよかった。(音楽の友 2007年12月号 p.182 結城 亨氏)
2007年10月11日 第11回リサイタル 東京文化会館小ホール
 ロンドン在住のヴァイオリニスト相曽賢一朗、年一回の帰国リサイタルツアー。今回は無伴奏作品が中心で、東京公演のプロはまずエネスコの管弦楽組曲第1番より前奏曲をヴァイオリンソロで、相曽自身が日本の虚無僧尺八に似ていると語った通りの孤高の独白の世界を展開。次は相曽自身による解説を挟んで、バッハ/ソナタ第3番ハ長調BWV1005。その没入ぶりの深さといいこれまた間然するところのない見事なバッハで、沈潜しきった世界を構築。
 後半も解説を入れながら、まず同窓生松実健太の賛助出演によるモーツァルト/ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲ト長調K423。二人の名手によりしっとりとした典雅な愉悦が滋味豊かに弾かれた。モーツァルトはこうでなくては! 最後のバルトーク/無伴奏ソナタは静かに燃えた名演で、以前よりも余裕が出たためか相曽の共感度もグンとアップ。さらに精緻に、さらにがっしりと構成されていた。(音楽現代 2007年12月号 p.166 浅岡弘和氏)
2007年10月11日 第11回リサイタル 東京文化会館小ホール
 年に数度しか機会のないロンドンで活躍する相曽賢一朗の日本公演が、初秋の宵に開催された。曲は無伴奏を中心にして、「前奏曲 作品9」(エネスコ)、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調」(バッハ)、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」(バルトーク)であった。バッハでは超絶技巧が披露されソリストとしては日本人によるヴァイオリンの技巧もここまで達成してきたかの感を強くした。バルトークでは第一楽章で魂の雄叫びをさえ感じた。三楽章では東洋的な日本の子守唄を感じさせるような神秘さを感じた。唯一ヴィオラとの二重奏(Va松実健太)となった「ヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲」(モーツァルト)はテクニックの上のバランスも最適でみごとなできだった。アンコールの二重奏曲、相曽編曲「チャルダッシュ」(モンティ)は圧巻であった。(ミュージック・ペン・クラブ MPC LAND Review 2007年11月号 斎藤好司氏)
2006年11月14日 第10回リサイタル 東京文化会館小ホール 
 ネルソン・ゲルナーのピアノにより、前半はまずモーツァルト/ソナタ変ロ長調K454が持ち前の美音でのびのび弾かれた。相曽のモーツァルトはやはり最高。屈託のない素直さがこの作曲家のヴァイオリン・ソロ作品には最も必要なのである。次のベートーヴェン/ソナタ第8番ト長調もモーツアルト的な愉悦系の曲なので同様の表現。ゲルナーとのデュオは小股の切れ上がったような洒落た演奏でフィガロ序曲を想わせ、ことにフィナーレは実に粋な音楽になっていた。相曽は珍しく最初からトークを入れ、ヴァイオリンのサーカスとジョークを飛ばし無伴奏のエルンストの難曲「夏の名残りのバラ」を弾き始めた。
 休憩後はクロイツェルソナタで、ピアニストと共々実にシンフォニックで白熱した名演。冒頭からこれぞベートーヴェン! 両者の火花散る激突は鮮烈で凄まじかったが、相曽のヴァイオリンの音色そのものは常にすっきりと澄み切っており、第2楽章など天国の花園に遊ぶように楽しかった。(音楽現代 2007年1月号 p.205 浅岡弘和氏)
2006年11月14日 第10回リサイタル 東京文化会館小ホール 
 イギリスを舞台に活躍する相曽賢一朗の日本リサイタルは年間に数回しか開かれない。今年も久方ぶりに聴いた。曲目はモーツアルトのソナタ変ロ調K.454、ベートーヴェンのソナタ第8番ト長調Op.30-3などであったが、超絶技巧が披露され、すばらしい快演であった。特にべートーヴェンは鸛が大空を飛翔するがごとき快活さで演奏され、見事であつた。圧巻は最後のクロイツェル・ソナタOp.47で、完璧とも言える演奏であった。ピアノ伴奏のネルソン・ゲルラーは相曽と名コンビで伴奏者と言うより、対等な独奏者と言った方が良いくらい名手であつた。良い演奏を聴いた。(ミュージック・ペン・クラブ MPC LAND Review 2006年12月号 斎藤好司氏)

2006年11月23日 Artist Press インタビュー

2005年10月26日 第9回リサイタル 東京文化会館小ホール 
 イギリスを拠点に欧米を中心に活躍する実力派ヴァイオリニストが、今年も日本に帰ってきた。相曽はブラームス/ソナタ第2番、J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番、エネスコ/ソナタ第3番、サラサーテ/ツィゴイネルワイゼンという時代も傾向も違う多彩なプロで、そのヴィルトゥオーソぶりを遺憾なく発揮する。日本音楽財団から貸与された1736年製の銘器“ムンツ”から紡ぎ出される響きはノーブルで艶やかな美音。表情は滑らかで練れており、表現は“鮮やか”と言う他ない。これだけの演奏を聴きながら、評者には毎回いま一つ物足りなさを覚える。たとえばエネスコの終楽章。ピアノのサイモン・クローフォード=フィリップスとの対話もスリリングで圧倒的だが、相曽の音楽はどこか醒めている。内面的に裏打ちされた陰影や情緒、微妙なグラデーション、そういう奥行きを聴きたい。更なる深化が鮮やかなヴルトゥオージティに実在感を与え際立たせるのではなかろうか。(音楽現代 2006年1月号 p.212 諏訪節生氏)
2005年10月26日 第9回リサイタル 東京文化会館小ホール 
 A. 素晴らしいヴァイオリンのリサイタルだった。イギリス・ロンドンを中心として活躍する、日本人若手のホープの帰国リサイタルで、聴衆を深い感動の渦に巻き込んだ。厳粛な雰囲気の中で正確なフィンガリングには圧倒された。ブラームスのヴァイオリン・ソナタ2番イ長調Op100はことに見事だった。楽器の持つこんなにも多様な表情の表現にかたずを飲んだ。音楽財団より貸与の1736年製のEx-Muntzの楽器は豊かに鳴りわたった。美しい響きだった。
 B. 今回も相曽の端正で美しい音色の演奏は昨年のリサイタルにも増して、より聴衆を満足させる出来栄えを示した。前半は前回と同じくブラームスとバッハを配置し、後半最初に今回の目玉とも言えるエネスコの母国ルーマニアの民族色が濃い「ヴァイオリン・ソナタ第3番」を置いた。毎度感じることだが相曽の曲に対する真摯な取り組み方が素晴らしい。昨今自己主張を強く打ち出す演奏家が多い中で、これは誠に一服の清涼剤的な貴重な演奏会と言える。今回はクレモナのグァルネリ一族の中で最も若く、ストラディヴァリと並び称される名工デル・ジェス製作の銘器を用いたことも格調高い音楽に仕上がった一つの大きな要因となった。この楽器と演奏者の相性の良さはまさに完璧である。(ミュージック・ペン・クラブ MPC LAND Review 2005年12月号 A.斎藤好司氏 B.廣兼正明氏) 人・世界が舞台 ハーモニー生む 禅の心 ■音楽世界のガイド役に■
             英国で活躍するバイオリニスト 相曽賢一朗さん 36
 
読売新聞・国際版
 英国各地の小学校でクラシック音楽の体験授業を行い、「バイオリンのお兄さん」として知られている。
 授業をのぞいた。この日のテーマは「森」。まず生徒を近くの森に連れて行き、森の音に耳を澄ませる。教室に戻り、「森のイメージをメロディーにしてごらん」というと、子供たちはしばらく考えた後、次々に手を挙げて口ずさむ。「こんな音が聞こえた」と口まねする生徒や、「湿ったにおいがした」と説明する生徒もいる。
 一通り意見が出ると、バイオリンを手にとり、「それはこんな感じだった?」と即興でメロディーを共同作業で作っていく。
 きっかけは、友人から、母校の小学校でバイオリン演奏を披露してほしいと頼まれたことだ。「ただ演奏するのではなく、子供達とも交流したい」と体験授業を試みた。あっという間に口コミで広がって、「うちにも来てほしい」と依頼がきた。これまで英国20校のほか、インド、日本の小学校も訪ねている。
 普段は、ソリスト、室内楽奏者、オーケストラ奏者としてコンサートホールの舞台に立つ。そのほか月3回はバーミンガム音楽院で教べんもとっている。
 どこへ行くにも、ジーパンにジャンパーをはおり、バイオリンケースを手にふらりと登場する。
 「教えることも、演奏も根本的に同じこと。僕の仕事は、聴き手を音楽世界に連れて行くガイド役だと思っていますから」
 「音楽世界」とは、幼年時代に両親と訪れたパリの大聖堂での体験のことだ。大理石の教会で、厳粛な雰囲気のなか、大オルガンを聴いた。教会に集まった人や演奏家の集中力を肌で感じ、音楽が始まると、空気が動くような気分がした。「まったく別の次元に行ってしまったような感覚を初めて味わった。音楽って、こういうものなんだと衝撃を受けた」。この時の感覚を、バイオリンで再現したいと今でも思っている。
 バイオリンが趣味だった父と一緒に、4歳からバイオリン教室に通った。「物心ついた時に音楽の喜びを体で覚えたことが大きかった」と振り返る。
 大学在学中に奨学金を得てアメリカへ留学。「こんなに上手な演奏家がいるなんて」と愕然とした。「もっと自己主張をしなさい」といわれ悩んだこともあった。92年に文化庁在外研修員として英国王立音楽院へ留学、「やっと自分の居場所を見つけた」と感じた。
 欧州では室内楽の演奏機会が多い。音合わせに重点を置く日本と違って、欧州では、旋律の解釈をめぐる話し合いを大切にする。それぞれの個性や考えを生かしながら、いかに調和させ、ひとつの音楽をつくっていくかがテーマだ。
 自己主張の強い演奏家の中で、まとめ役になることが多い。調和を重視する姿勢のせいか、演奏仲間から「ゼンマイスター(禅の達人)ケン」と呼ばれている。
 「体験授業」では、子供の率直さに教えられることも多い。「好き嫌いがはっきりしているし、発症の豊かさには驚かされる]。帰り際、「バイオリン、なかなかうまいよな」と男子生徒から声がかかり、うれしそうに笑った。(ロンドン、鈴木透子、写真も) 2005年5月31日 読売新聞(国際版) 
2004年11月15日 第8回リサイタル 東京文化会館小ホール
 英国で演奏、教授活動を展開中の相曽賢一朗がパリを拠点に活躍する永野英樹を共演者に迎えソナタ4曲と小品1曲のヘビーなリサイタルを開催。バッハ『無伴奏ソナタ第2番』は開幕には手ごわい曲だ。注目のフーガでは美しいボーイングと的確な様式感をもって多用な表現要求に堂々対峙していた。ブラームス『雨の歌』ではうってかわってゆたかな感情表現が聴かれ、間のとり方やフレージングに歌のセンスが光る。
 永野のピアノは全開だがタッチは柔らかく和声は色彩感にとみ、ダイナミクスのコントロールも絶妙。そのパートナー・シップはプーランクのソナタでも存分に発揮され、3楽章のスリリングなやりとりからは作曲家の思いが伝わってくる。後半のヤナーチェクでは全篇にあふれる特異な響きを違和感なく聴かせた。第2楽章の神秘的な歌も味わい深い。バルトーク『ルーマニア民俗舞曲』は各小曲の性格を明瞭に表現。(音楽の友 2005年1月号 p.184 萩谷由喜子氏)
2004年11月15日 第8回リサイタル 東京文化会館小ホール
 昨年の天覧演奏など日本と英国を拠点に最近目覚ましい活躍を見せる相曽賢一朗が恒例の秋の帰国リサイタルを開いた。今年はバッハの無伴奏を始め、生誕 150年のヤナーチェクなどソナタ四曲が中心の本格的なプロで、ピアノは芸高以来の友人、永野英樹が担当。前半はまずバッハ/無伴奏ソナタ第2番イ短 調。実に流れが良く、しなやかで瑞々しいバッハだった。次のブラームス/ソナタ第1番ト長調「雨の歌」も持ち前の明るさでのびのびと良く歌われ、ブラー ムス特有のヤニっこさなど全くない、心が癒されるような優しい音色といい出色の出来ばえ。  後半はまずプーランク/ソナタ。スペインの革命派の詩人ガルシア・ロルカの追悼に書かれた曲だがあくまで純音楽的で鮮烈な名演奏。終結もズバリ決まっ た。続くヤナーチェク/ソナタは相曽の鋭く熾烈な音楽作りがその所を得、第2楽章あたり永野の至純で透明なピアノと相まって最高のものを感じさせた。ト リはバルトーク/ルーマニア民俗舞曲。(音楽現代 2005年1月号 p.198 浅岡弘和氏)
2003年11月2日 両陛下御前演奏 東京都美術館講堂
帰国リサイタルの翌日、東京都美術館でエイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団による「創立250周年記念大英博物館の至宝展」記念レクチャーコンサートが開催された。この模様は『音楽現代』2004年2月号がコンサート・ピックアップ欄で報じている。  ■ 相曽賢一朗と中村明一が天覧演奏!
2003年11月1日 第7回リサイタル 東京文化会館小ホール ・・・(略)・・・相曽の音は澄んでおり、とても美しい。それに表現の方も歪みがなく、シンプルで明解。その相曽にチェンバロの共演の上尾が、あたたかみのある表現でからんでいく。それゆえ3曲のバッハ(第2.5.4番)は、いずれも爽やか。知と情のバランスのとれたノーブルな演奏であり、さらに親しさを加えてもよいと思えたが、この2人のアンサンブルが聴けたことは、大きな収穫であった。ヴァイオリン・ソロ曲ではイザイが好演。表現に立体性もあり豊かな味を生んでいたのである。楽器の発音がよいからか、細部も明確。胸がすくイザイであった。・・・(略)・・・(音楽の友 2004年1月号 p.165 長谷川武久氏)
2003年10月30日 第7回リサイタル 所沢ミューズキューブホール
最近進境の著しい相曽賢一朗が恒例の秋の帰国リサイタルを開いた。今年は二日でバッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタを全6曲演奏するという意欲的なプロ(チェンバロ:上尾直毅)。・・・(略)・・・演奏は相曽が持ち前の伸びやかさを活かし、清冽で新鮮、気詰まりな所の皆無なバッハだった。・・・(略)・・・相曽の音色はやはり和製ミルシュタインというところか。なお、両日共、アンコールには上尾がミュゼット(仏の小型バグパイプ)を持ち出し、実に楽しいデュエットを奏でていた。(音楽現代 2004年1月号 p.206 浅岡弘和氏)
2002年10月4日 第6回リサイタル 東京文化会館小ホール 
内外で着実なキャリアを積んできた相曽がピアノのハワード・ムーディと、ブラームスのソナタ第3番、シマノフスキの「神話」、ヴィエニヤフスキの「華麗なるポロネーズ」、ロイドへの委嘱作品を弾いた。相曽の最大の持ち味は、ヴィエニヤフスキで示してくれたような安定した無理のないテクニックと、シマノフスキで覗かせた絹擦れの音を想わせる繊細にして精妙なトーンにあると言えよう。その音の美しさはブラームスでも著しい効果を発揮したが、聴衆を完全に納得させる決め手にかけていたのは、作品の底流にある美の本質を見極めるまでに至っていなかったからにちがいない。シマノフスキは、曲の持つ幻想性で聴衆をしっとりと包み込んでくれる見事な演奏で、とりわけ「アレトゥーサの泉」は凄かった。その超現実的なムードに対応するピアノも健闘はしていたが、より神経の行き届いたきめ細かい配慮が欲しい気もした。相曽があらかじめ録音したCDの演奏をバックに、ヴァイオリンとヴィオラを交互に持ち替えながら演奏するイギリスの作曲家ロイドの作品は、2つの楽器を持ち替える相曽のコミカルな動きと、その性格的な使い分けが面白く、思いのほか楽しめた。(音楽の友 2002年12月号 p.213 幸松 肇 氏)
2002年10月4日 第6回リサイタル 東京文化会館小ホール  
今年も9月末から10月にかけて東京文化会館などでリサイタルを行なった。ピアノ伴奏は去年に引き続きハワード・ムーディ。最初の曲目はブラームス/ソナタ第3番ニ短調。相曽はミルシュタインの系列に属するヴァイオリニストだ。ブラームス特有のヤニッこさは薬にしたくもなく、決してベタベタしない磨き抜かれた美音で歌い抜く。次は委嘱新作のジョナサン・ロイド「between us a river before us the sea」。完成が遅れ二年待った甲斐はありこれまでのこの手の委嘱作中では文句なしに最高。まず音楽として素晴らしく求心的なポリフォニーとか笑える部分など変化に富んでおり飽きさせない。英国版「水のいのち」? 全部生演奏でやるには最低六人必要だとか。後半はポーランド物で、まずシマノフスキ「三つの神話」を珍しい全曲版で神秘的に演奏。そして最後はヴィエニアフスキ/ポロネーズ第1番ニ長調の洒落切った華麗なる名演だった。相曽は来年秋のイギリスの古楽器オケ、オーケストラ・オブ・ジ・エイジ・オブ・エンライトンメント(OAE)初来日に同行する予定。(音楽現代 2002年12月号 コンサートクローズアップ p.30 浅岡 弘和 氏)
2001年10月10日 第5回リサイタル 東京文化会館小ホール
英国を中心に活躍中の相曽賢一朗の毎年恒例、秋の帰国リサイタル。今回はハワード・ムーディが伴奏。まずはベートーヴェン/ソナタ第8番ト長調。湿気のためかやや鳴りが悪くフィガロ序曲調のゾロゾロした感じが出ないが繊細に歌い、軽快なフィナーレはスキップするように楽しげ。次のイザイ/無伴奏ソナタ第6番ホ長調は超絶技巧に微妙なたゆたい、キレのいい見得も。続くストラヴィンスキー「イタリア組曲」は持ち前ののびやかさで華やかな演奏。シチリアーノ風の抒情を艶やかに歌ったセレナード。タランテラはスケルツォ風の無窮動。ガヴォットのノーブルな演奏に一転、精力的で性格的な演舞のような終曲は鬼神のごとく弾きまくった。 後半もまずストラヴィンスキー「デュオ・コンチェルタンテ」でスリリングな無窮動、とりとめない空虚なファンタジーから再び性格的で楽しい諧謔、寂しい終曲へ。最後はサラサーテ「カルメン幻想曲」をジプシーの乱舞のように渋く呻くように濃厚に歌った。(音楽現代 2001年12月号 p.210 浅岡弘和 氏)
2000年10月29日 第4回リサイタル 東京文化会館小ホール
いよいよ来春のCDデビューを間近に控え、イギリスを中心に活躍中のヴァイオリニスト相曽賢一朗がリサイタルを開いた。サイモン・クローフォード=フィリップスの伴奏により、まずはラヴェルを2曲。最初のヴァイオリン・ソナタは持前の伸びやかな繊細さ、絹練りの涼しげな高音による静謐。第2楽章の妖艶なブルースに、フィナーレは魂の乱舞のような無窮動。次の「カディッシュ」でもしみじみと諦観を歌った。続くイザイ/無伴奏ソナタ第1番ト短調はヨーゼフ・シゲティに献呈された求心的で重厚な力作だけに相曽のヴァイオリンも冴えに冴え、真摯で熱気溢れる演奏。張り詰めた精神の緊張が素晴らしい。後半はフランクが2曲で、まず若書きの「アンダンティーノ・クィエトーゾ」をノーブルにしみじみと。青春のメランコリーの味わい深い佳演。最後のヴァイオリン・ソナタは夢見るような第1楽章、ピアノ共々、情熱の火花を散らした第2楽章などソリストとしての意志を感じさせた熱演。(音楽現代 2001年1月号 p.176 浅岡弘和 氏)
2000年10月29日 第4回リサイタル 東京文化会館小ホール
ロンドン在住の29歳。92年ミュンヘン・コンクールのおり、日本の、あちこち受けまくりコンクール受験軍団を予選の最初から聴いた。おなじ髪型、フリフリ・カラフルドレス(たいていの受験者はシンプルな黒だが、髪が黒いし肌も黄色いからカラーを着るようにと日本の教師に指導されるとのこと)で、演奏も似たような金太郎飴の女性群や、かつての「若い芽のコンサート」最年少優勝で話題となったアメリカ留学青年の、傲慢なステージ態度とあざとい技巧に塗り込められた演奏などに辟易し、審査員諸氏の、日本人が出てくると、またか、と椅子に身を沈めてしまう様子にやりきれなさを味わったなかで、この若者の端正な演奏が妙に清冽だった。結果は若い日本の優等生タイプの女の子一人が入賞したものの、彼女の名はその後とんと聞かない。
  その後、日本国際コンクールでは2位。線の細さで今ひとつ、壁を越えられない。でも、と折りにふれ聴き続け、昨年のリサイタル、リドーの「フェルディナンド」の弾き語りで、お、と思った。牛のフェルディナンドののんびり、ふんわり心温まる物語を、軽妙な語りと表情豊かなヴァイオリンで綴る。そのユーモア、洒脱に、ぐんと拡がった音楽の幅の手応えあり。そして今回のリサイタル。ラヴェル2曲、イザイ、フランク2曲で、ついに自分の世界を掴んだ、と確信した。
  彼のヴァイオリンはほどほどに墨をふくんだ細筆の草書、そういう筆致を完全に自分のものとした。わずかなかすれや、筆使いの濃淡が、ときに墨絵の、ときにかな文字の流れるような独特の美しさを生む。とりわけラヴェル「カディッシュ」(2つのヘブライのメロディーより)、フランク「アンダンティーノ・クイエトーゾ」といった繊細で奧深い小品を入れる選曲に、彼の音へのこだわりが見てとれる。「カディッシュ」でのシンプルで哀切な歌心。「アンダンティーノ……」の冒頭の息の長い旋律を、魂にそっとささやきかけるように、 なんて優しく弾いたろう! そして虹の橋を架けるみたいにユニゾンへと移ってゆく。最後のピアニシモの細波が消えたあとのしじまは、ししおどしの余韻のよう。
  つまりは日本、などと言うのではない。彼自身が身を置く社会や時代の多様さが表現となって一つに収斂するとき、西洋音楽を弾く日本人ではない、ただ、彼というヴァイオリニストとしての「個」が、そこに発現してくるのだ。控えめに逞しく、温かく切なく、コスモポリタンでなくユニヴァーサルな音の語り手として。こういう世代が現れたことが嬉しく、またこれから増えて行くことを心から願う。(音楽批評紙 ブリーズ Breeze The New Public Sphere for Music Lovers No.34 2000年11月15日号 p.3 Concert Essay  丘山万里子 氏)
2000年10月 Coming Now 
この人の音楽を説明するためにはプロフィールを参照することが最も分かりやすいいかもしれない。東京芸大在学中に南カリフォルニア大、南メソジスト大へ奨学金を得て留学、92年には文化庁在外研修員としてロンドン大学、英王立音楽院へ。。(中略)。。天衣無縫の感性は、そこで育てられた。一方で90年のロン・ティボー・コンクールに入賞、95年の日本國際音楽コンクールでは3位と、技術力も保証済み。。(中略)。。その柔軟な感性を遺憾なく発揮したアルバム『カイト・ブランシュ』(白い凧)は、どんな色にも染まる白い布のごとく、あるいはすべての色を含む虹のごとく、バラエティ豊かな楽しい仕上がり。。(後略)。。(音楽の友 2000年10月号 p.151 堀江明朗 氏)
2000年10月 コンサート・プレビュー 
『ロンドンを拠点として国際的に活躍する若手ヴァイオリニスト相曽賢一朗。この10月、日本でのリサイタルに先立って、近況を伝えてきたのでご紹介しよう。』という書き出しで、10月の3ヶ所のリサイタルが紹介されている。(音楽現代 2000年10月号 p.69-70)
2000年6月17日 リサイタル 横浜テラノホール
現在、英国を中心に活躍中の若手ヴァイオリニスト相曽賢一朗がお寺の境内にあるテラノホール!でリサイタルを開いた。横山美里の伴奏でまずベートーベン「春」。活き活きした清冽なヴァイオリンと健康で屈託のないピアノの対話。次のイザイ/無伴奏ソナタ第1番ト短調はシゲティに献呈された求心的で重厚な力作を切っ先鋭いヴァイオリンで。張り詰めた精神の緊張感が素晴らしくヴァイオリンの音色も冴え切っていた。
 後半のヤナーチェック/ソナタもほとばしる情念がうねるような出だしといい雄弁な表現。滔々と流れる音楽、流麗できらびやかなピアノに澄み切ったヴァイオリンの高音が。続くリどー「フェルディナンド」は一風変わったマイペースな雄牛の愉快な物語。相曽は語り部とヴァイオリンを一人二役し、ちょっとした「ピーターと狼」のよう。最後は持ち前の洒落たセンスが光ったサン=サーンス「序奏とロンド・カプリチョーソ」。(音楽現代 2000年8月号 p.190 浅岡弘和 氏)

1999年10月11日 第3回リサイタル 王子ホール
英国を中心に活躍中の21世紀のヴァイオリンの貴公子、相曽賢一朗の帰国リサイタル。クライスラー「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース」。伸び盛りの新鋭ならではの熾烈なフォルテとあえかなはかなさのピアニッシモの対比が落ち着いた味わいを。千葉純子のフルートとのデュオでニコルソン「ミッドサマー・ソングス」の世界初演。洒落たセンすの仲良き対話。バッハ/無伴奏パルティータ第2番。流麗で伸びやか、雄弁で張りのある鮮烈さ、しみじみした情緒など抑えた哀愁もよく、シャコンヌは間然する所がない。リドー、語部とヴァイオリン・ソロのための「フェルディナンド」を一人二役。最後のバルトーク/無伴奏ソナタも相曽の 幅広い表現力が全開、長大な難曲を鮮やかに弾いてのけた。(音楽現代 1999年12月号 p.183 浅岡弘和 氏)
1999年10月11日 第3回リサイタル 王子ホール
リドー『フェルディナンド』での、ヴァイオリン弾き語りが最高!!(音楽批評紙 ブリーズ Breeze> The New Public Sphere for Music Lovers No.13 1999年11月1日号 p.2 Concert etc.  Z 氏)
Photo of Ken Aiso Playing

1999年10月 コンサート・プレビュー
イギリスを中心にソロと室内楽の分野で活躍している若手ヴァイオリニスト。・・・・・昨年のリサイタルでは、 確かな様式感と類い稀な美音でヴァイオリン・ファンを酔わせたのは記憶に新しい。 ・・・・・(音楽現代 1999年10月号 p.67‐68)
1999年5月 アーティスト・トピックス 新進ヴァイオリニスト、相曽賢一朗の魅力
最近注目を集める数少ない男性ヴァイオリニストの逸材、相曽賢一朗、このところ、とみに切っ先の鋭さを増してきた進境著しい彼が『シャコンヌ』をどう弾くかが興味を引く。・・・・・(音楽現代  1999年5月号 浅岡弘和 氏)
1998年12月11日 第2回リサイタル 浜離宮朝日ホール
イザイ/無伴奏ソナタ第5番ト長調はバッハ風の求心的な雰囲気に難技巧。以前より確実に弓捌きに鋭さを増し、終結の目眩めく技巧とキレ味も見事。プロコフィエフ/ソナタ第2番ニ長調、美音を撒き散らすような演奏、ソリストとしての気概を感じさせた終楽章も変幻自在で奔放に燃えていた。ラベル/ソナタ。絹のようにデリケートで涼しげな高音、ジャズ調の妖艶さ、終楽章もスカッとした無窮動。洒落たセンスの光るサン=サーンス「序奏とロンド・カプリチョーソ」。(音楽現代 1999年2月号 p.172 浅岡弘和 氏)
1998年10月22日 イッサーリス公演に共演 カザルスホール
提供:カザルスホール、 撮影:小岩井善志
Steven Isserlis & Ken Aiso

・・・・・後半は、相曽賢一朗との共演によるラヴェルの「ヴァイオリンとチェロのためのソナタ」。・・・・・相曽の良くバランスの取れたサポートぶりもあり、一分の隙もないアンサンブルが印象に残った。(日本経済新聞 1998年10月29日 岡部真一郎 氏)
1998年10月22日 イッサーリス・チェロ・リサイタル共演 カザルスホール
・・・・・共演したのが相曽賢一朗。同属の弦楽器だけで生み出される混じり気がない同質の響きが、耳を和ませ、いやしてくれた。・・・・・なかでもラヴェルは素晴らしかった。いささかの隙も感じさせない相曽との 白熱のデュエット。相曽の成長ともども忘れがたい。(毎日新聞 1998年10月26日 岩井宏之 氏)
1997年11月13日 デュオ・リサイタル 東京オペラシティ・リサイタルホール
ロンドンで学んだヴァイオリニストの相曽賢一朗とフランス出身のピアニスト、フィリップ・ジュジアーノとのデュオ・リサイタル。モーツアルトでは、相曽の軽めのボウイングが品のよい穏やかな表情の音楽を作り上げていた。ジュジアーノも丁寧で美しい音を奏でていた。イザイでは、相曽の魅力である伸びやかな美音が充分に披露された。そしてこの難曲を美しく端正に弾きこなしていた。(音楽の友 1998年1月号 p.208 山田治生 氏)
1997年7月2日 クラクフ室内管弦楽団共演 東京芸術劇場
Ken / Poland National Chem.O.
ポーランド国立クラクフ室内管弦楽団の当夜の公演では、ローラント・バーダーの指揮、相曽賢一朗のヴァイオリン、レム・ウラシンのピアノによって、「歌劇〈フィガロの結婚〉序曲」、「ヴァイオリン協奏曲第5番〈トルコ風〉」、「交響曲第35番〈ハフナー〉」「ピアノ協奏曲第23番」というモーツアルトの作品4曲が演奏された。相曽のヴァイオリンは、少し力まかせになりがちな傾向を感じさせたことも否めないながら、そのストレートで力強い語り口が好感を抱かせるものであった。(音楽の友 1997年9月号 p.193 柴田龍一 氏)
1997年7月2日 ポーランド国立クラクフ室内管弦楽団来日演奏会共演 東京芸術劇場
ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」では現在英国を中心に活躍中の新鋭相曽賢一朗が登場、持ち前の大らかさで伸びやかなモーツアルトを披露した。やや抑制は足りないが豊かさがあり、クセのある伴奏オケのため損もしていたが、カデンツァにバッハの無伴奏パルティータ3番が出たり、遊び心のあるヴァイオリニストだ。(音楽現代 1997年9月号 p.162 浅岡弘和 氏)
Photo by Jim Four (c)
Photo of Ken Aiso, Long Hair

1997年4月24日 第1回リサイタル 東京文化会館小ホール
イギリスを中心に活躍中の若手ヴァイオリニスト相曽賢一朗のリサイタル。総じていかにも英国仕込の中庸を得たヴァイオリニスト。ジプシー的な野趣には欠けるが大器であることは間違いなかろう。(音楽現代 1997年6月号 p.185 浅岡弘和 氏)
1997年4月21日 第1回リサイタル 所沢ミューズ・キューブホール
この日はバッハ、ショーソン、ラヴェル、イザイ、プロコフィエフの作品が演奏された。隅々まで目を行き届かせて音楽的に隙のない表現をしていこうとするこの人の意思は、かなり強く感じられ、その点、実に爽やか。その中でイザイの「無伴奏ソナタ第2番」で、相曽の目指すものがよく表れていた。強弱の対比も大きくとられ、呼吸も単調ではなく、この曲を作曲したときのイザイの心の動きのようなものがよく聴き取れて、納得が得られたのである。(音楽の友 1997年7月号 p.207 長谷川武久 氏)
1997年5月 String Interview
(弦楽専門誌「ストリング」に載った対談です)・・・ヴァイオリンを始めてからのこと、抽象よりも具象、メトードのこと、原典主義について、イギリスでの活動、ヨーロッパが好きなわけ・・・(ストリング 1997年5月号 pp.42‐46) 1996年12月 人アト・ランダム
アメリカでの技術とヨーロッパでの音楽を身につけたアイソ・ケンに対する評価は、多くの音楽関係者の注目を集めている。すでにイギリスを中心にして、ソロ、室内楽奏者として活動がはじめられており、来年の4月には東京など3ヶ所でのソロ・リサイタルも決まり、相曽賢一朗は大きく羽ばたこうとしている。「ロンドンには世界中の国から素晴らしいプレイヤーが集まっています。それぞれのよいところを吸収しながら自分を作り上げていきたいです」。しっかりとした意識と目標を持ったケン・アイソの活動は、当分目を離せない。(音楽の友 1996年12月号 p.130 近藤滋郎 氏)